ツタンカーメンの呪い?原因不明の死にまつわるウワサ



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『ツタンカーメンの呪い』
という言葉を聞いたことはありますか?

ツタンカーメン王の墓はエジプト・テーベにある『王家の谷』にひっそりと、隠れるように存在していました。

20世紀初頭、イギリスのカーナボン卿から依頼を受けたハワード・カーター率いる調査隊により発見されたツタンカーメンの墓は未盗掘の状態であり、20世紀最大の発見として話題を集めました。

しかしその裏側では謎の死、ツタンカーメンの呪いが始まっていたのです。

■ツタンカーメンの呪い

『偉大なるファラオの墓にふれたものに、死はその素早き翼をもって飛びかかるであろう』

これは、ツタンカーメンの墓の入り口にある碑文に刻まれていた文です。この言葉を体現するかのように、不気味な呪いがカーター達を襲いました。

最初に起こった呪いの兆候は、カーターの飼っていたカナリアが現地のコブラに食べられたことです。

当時エジプトにはカナリアは生息しておらず、現地の人々は見た目も声も美しいカナリアを「黄金の鳥」とし、幸運の象徴と呼んでいました。

またコブラは古代エジプト王家の象徴であり、谷に頻出していたわけではなかったため、現地では王の呪いではないかと恐れられたのです。

しかし、それだけでは終わりませんでした。

■そして呪いは続くのか

出資者であるカーナボン卿が、原因不明の高熱により、亡くなったのです。時を同じくして、カイロ中が謎の停電に襲われました。

また当時、イギリスで卿が飼っていた犬が突然吠え、急死しました。

カーナボン卿の死自体は、発掘現場で蚊に刺された傷から伝染病にかかったことが原因であるといわれていますが、それでも説明のつかないことが重なったのです。

カーター自身も発掘翌年に病にかかり、数年後に死亡しています。

その後も犠牲者は後を絶たず、同じく発掘に立ち会った考古学者やミイラ調査を行った人など、実に携わった22名もの人が呪いで死亡したと言われています。

現在では、呪いとは関係なく死亡したとも言われていますが、当時のセンセーショナルな報道には、世界中の人々が震え上がりました。

■おわりに

そんなツタンカーメン、現在では展示物扱いをされています。

かの有名な黄金のマスクは、何と基本的にエジプト国外での持ち出しが禁じられているのです。

これは数年前、ヨーロッパへの展示持ち出しの際に若干の傷がついたため、とのことです。

何にせよ、見世物にされているツタンカーメンの呪いが再び起こらないことを祈ります。

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