5000年前の海上交通の証。底びき網にかかった縄文土器



お気に入り!
アメーバなう!
つぶやく!
シェアする!


時として、海底からは意外なものが見つかったりします。

しかしそれはどれほど意外なものであっても、そこにある理由は必ず存在し、それを解き明かして歴史や文明の発達の経緯を知る重要な手がかりになることもあります。

2013年10月、新潟県沖合の海底から発見された縄文土器のお話です。

 

●縄文土器とは?

縄文土器とは、縄文時代(約16500年前~3000年前)に使用された土器のことで、縄目文様のある独特の外観からそのように名付けられています。

縄文土器を見出したのは、大森貝塚を発掘したことで知られるアメリカ人動物学者のエドワード・シルヴェスター・モースでした。

縄文土器の製造は日本における陶器の黎明期とも呼べる時代で、農耕文化の発達に応じた本格的な陶器は後の弥生時代のことになります。

上記の通り、その特徴的な縄目文様から縄文土器と呼ばれていますが、この時代の土器の様式は多岐に渡り、すべての縄文土器に縄目文様があったわけではありません。

縄文土器が作られるようになった時代は、ナウマン象等大型哺乳類が日本列島において絶滅した時期と一致しており、そのため、木の実等の収穫物を備蓄する必要から作られるようになったと言われています。

また、肉類と違い、ドングリ等の木の実は加熱調理をしなければ食せないため、煮炊きに用いられたとも考えられています。

 

 
●5000年前の海上交通の証?

今回、縄文土器が発見されたのは新潟県新潟市西蒲区にある角田山の沖合15km、水深は150m~170mほどの海底でした。

同海域で操業中の底引き網漁船『第11幸栄丸』が降ろした底引き網にかかったものです。

土器や陶器の破片が底引き網にかかることはそれほど珍しくありませんが、ほとんど完全な形で見つかることは稀で、縄文土器が新潟県沖で見つかった事例は1982年以来の事になるそうです。

発見された土器は、表面の文様や形状から、紀元前3000年頃に製造された「深鉢」と呼ばれる土器であることが分かりました。

佐渡ヶ島の縄文時代の遺跡から、地元で製造されたものとは別の土器が見つかっている事例もあり、そのことも合わせ、今回の発見は今から5000年程昔に、この海域で海上交通が行われていたことを示す貴重な事例となりそうです。

 

■おわりに

5000年もの昔に、すでに海上交通が盛んに行われていたというのは驚きです。

縄文時代の人たちは、私たちが想像するよりもずっと遠くまで航海していたのかもしれませんね。

お気に入り!
アメーバなう!
つぶやく!
シェアする!


あわせて読みたい


【スポンサーリンク】