平城京で作られた? 戦火や震災をくぐり抜けた不死身の仏像!



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阪神大震災は大きな被害をもたらしましたが、その未曾有の災害を切り抜け、『不死身の仏像』と崇められる仏像が存在します。

一体どのような仏像なのでしょうか?

 

●幾度の苦難を乗り越えた仏像

その仏像があるのは、兵庫県神戸市にある福海寺です。

福海寺は室町幕府初代将軍、足利尊氏が1344年に創建した臨済宗のお寺です。

仏像はこの寺の本尊で、正式名称は釈迦如来坐像(しゃかにょらいざぞう)と言い、創建当時からこの寺にあったとされています。

福海寺は過去に2度の焼失と1度の全壊を経験しています。1度目の焼失は赤松満祐が室町幕府六代将軍の足利義教を暗殺したことで始まった嘉吉の乱の際に起こりました。

この時、寺は現在の所在地に移転されたといいます。

二度目の焼失を体験したのは第二次世界大戦中でした。

仏像は戦時中に寺外に流出しており、戦火が及ぶのを免れています。

後に寺が再興される際に買い戻され再び本尊とされました。

1995年1月17日に起きた阪神大震災により、福海寺は倒壊しましたが、仏像は本堂跡から無事な状態で発見されました。

幾度となく危機を乗り越えたこの仏像を、地元の檀家や近隣の住民は『不死身の仏像』と呼び、崇めているとのことです。

 

 
●由来は平城京にさかのぼる?

2013年11月、仏教美術史の研究家で元富山大学教授の松浦正昭氏がこの仏像を調査、X線撮影を行ったところ、内部に木製の原型があることが確認されました。

木製の原型に麻布を貼って、その上に抹香漆または木屎漆を盛り上げて作るこの技法は『木心乾漆造り』と呼ばれる仏像製作の技法で、奈良時代後期に盛んに使われていたことが知られています。

他にも調査の結果、仏像のまとう衣装のひだや皺の表現、台座部分の蓮座等が、法隆寺に現存する奈良時代後期の仏像と似ていることも判明しました。

当時、漆は貴重品であったことから木心乾漆造りの仏像は主に平城京にあった官営工房で製作していたとされており、この釈迦如来座像もそこで製作された可能性が高いと考えられています。

平城京で製作された仏像が奈良以外で発見されたケースは極めてまれで、研究者たちは貴重な歴史資料として、調査を続けているとのことです。

 

■おわりに

平城京の時代から、いくども焼失や損壊を免れて生き延びて来た仏像……そう聞くと、ありがた味が増すような気がしますよね。

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