宇宙人が建設した都市? マヤ文明の都市遺跡・パレンケ



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マヤ文明はメキシコ南東部、ユカタン半島、グアテマラなどの、マヤ地域と呼ばれる一帯で、4世紀~16世紀にかけて繁栄した文明です。

マヤ文明の遺跡はチチェン・イツァを始め、数多くの遺跡が世界遺産に登録されていますが、そのひとつパレンケは、発見された石棺に描かれたレリーフによってその名を知られるようになりました。

宇宙人の乗る宇宙船を描いたと言われる、そのレリーフの正体は一体……?

 

●考古学を覆したピラミッドの存在

パレンケはメキシコ南東部、ユカタン半島の付け根に位置するチアバス州にあるマヤ文明の古代都市遺跡です。1987年に世界遺産に登録されました。

パレンケは7世紀頃に栄えた都市の遺構で、密林の中に王族の住居である宮殿を中心に数多くの神殿を配した、典型的なマヤ文明の遺跡として知られています。

パレンケの遺跡18世紀半ば頃、スペイン人によって発見されました。

本格的な発掘調査が開始されたのは1948年のことです。

1952年、メキシコ人考古学者アルベルト・ルスが『碑文の神殿』の地下室を発見します。

そこには積み上げられた石棺や多数の殉死者と思しき遺体が存在していました。

石棺の中には数多くの装飾品と共に翡翠の仮面をかぶった遺体があり、調査の結果、その遺体は7世紀に在位したパカル王と呼ばれる王のものであったことが判明します。

この発見は当時の考古学界に大きな衝撃を与えました。

それまで、考古学者たちは中央アメリカのピラミッドが墓所として作られていたエジプトのピラミッドとは違い、神殿の土台として作られていたという定説が存在したからです。

『碑文の神殿』地下から発見された王の遺体は、その説を覆す大きな要因となったのです。

 

 
●マヤ文明は宇宙人の文明だった?

マヤ文明を宇宙人によって作られた文明であるという意見があります。

その根拠のひとつになっているのが、件の『碑文の神殿』で発見された石棺の蓋に彫り込まれたレリーフです。

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これがその石棺の蓋のレリーフです。

中央に位置する人物はまるで飛行機か宇宙船のコックピットに乗っている飛行士のように見えます。

その左手は操縦桿らしきものを握っており、人物の背後にはエンジンと思しき部分と、そこから吹き出す火焔までが精密に描かれています。

1970年代、宇宙考古学ブームを起こしたスイス人の実業家にして作家のエーリッヒ・フォン・デニケンは自身の著書に於いてこの図柄を明らかに宇宙飛行士を描いたものであると断定し、マヤ文明が宇宙人によって建設されたという説を唱えています。

この『パレンケの石棺』は数あるオーパーツの中でも特に有名なものの一つですが、実はこの図柄は宇宙船や宇宙飛行士を描いたものではないことが既に判明しています。

『碑文の神殿』から発見されたのと似た図柄のレリーフがパレンケの他の神殿から発見されましたが、それらはすべて、石棺の蓋のような横向きではなく、縦向きの構図となっていました。

同様に、石棺の蓋の見方を横向きから縦向きに変えてみると、この図柄の真の意味が見えてきます。


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中心に描かれた人物は、この石棺に埋葬されていた翡翠の仮面を被った遺体……つまりパカル王です。

ロケットの炎のような部分は死者を飲み込もうとする怪物、ロケット本体のように見えた十字形の物は、マヤ人たちが『生命の樹』と呼んだ図案、そしてロケットの先端に描かれていたのはマヤ神話の主神、ケツァルコアトルです。

つまり、この石棺の蓋に描かれていたのは、宇宙人や宇宙船ではなく、古代マヤ人たちの死生観だったのです。
 

■おわりに

見る方向を間違えて、図柄全体の意味を取り違えてしまった……真相を知ってしまうとちょっとがっかりするような気もしますよね。

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